ケイン・コスギの弟って誰?ショーン・コスギ監督の映画と家族構成が凄い!

当ページのリンクには広告が含まれています。
ケイン・コスギの弟って誰?ショーン・コスギ監督の映画と家族構成が凄い!

かつてリポビタンDの崖のCM「ファイト―イッパーツ」に出演し、去年の12月24日には2年振りにSASUKEに参戦したことで話題となったアクション俳優のケイン・コスギ(50)さんに、映画監督として大注目されている弟ショーン・コスギ(48)さんがいることをご存じでしょうか?

ショーンさんは、本名ショーン・トモヤ・コスギ(日本名:小杉倫也)48歳

アクション俳優として迫力のあるニンジャの役で活躍し、トム・クルーズ制作・主演のラストサムライにも出演しています。

引用:Eastern Film Fans 上:真田広之氏と 右下:渡辺謙氏と
https://www.easternfilmfans.co.uk/the-return-of-the-ninja-warrior-an-exclusive-interview-with-actor-writer-producer-director-shane-kosugi/

ひとなつっこい笑顔が印象的ですね!

そんなショーンさんが監督した初めての映画四十九 Seek.1が、現在各国の海外映画祭で50冠突破中の大進撃を見せ、話題騒然となっています。

ところが、映画は日本で公開されていないので、このことはあまり知られていません。

日本映画なんですけどね(笑)

今回は、世界から大注目される映画四十九 Seek.1の魅力と、ショーンさんの今までの経歴や家族構成について調べてみました。

ぜひ最後までお付き合いください!

この記事を読むとわかる事
  • ショーン・コスギさんの今までの経歴は?
  • ショーン・コスギさんの家族構成は?
  • 映画四十九 Seek.1とはどんな映画?
目次

ケイン・コスギの弟って誰?ショーン・コスギ監督が弟ってホント!

ショーン・コスギさんは1976年5月25日にロサンゼルスで生まれた日本人と中国人のハーフで、ケイン・コスギさんの弟です。

ショーンさんの父は日本人でアクションスターの小杉正一さんで、日本人唯一のハリウッド100万ドルスターです。

引用:Youtube ショー・コスギ主演 REVENGE OF THE NINJA
https://www.youtube.com/watch?v=xi48jI28EE0

ショーンさんは小学生のころから兄のケインさんとともに父の映画に出演してました。

小学生の頃からって…すごい経歴ですよね

お父様のおかげですね

一方で、兄のケイン・コスギさんといえばSASUKEでの活躍が有名ですが、ショーンさんも一緒に出場しており、史上初の兄弟同時3rdステージ進出を果たしています。

『SASUKE』では2000年の第6回大会で弟のシェイン・コスギとともに3rdステージに進出。兄弟同時3rdステージ進出はSASUKE史上唯一である。

引用:ウィキペディア ケイン・コスギhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%82%AE

ショーンさんもすごい肉体の持ち主なんですが

どんな活躍をしたのか聞いたことない

ラストサムライでも渡辺謙さんや真田広之さんのそばにいる侍の一人という役でした

トム・クルーズについては、侍たちが彼を捕らえて連れ去るアクションシーンが一つありました。私はその中の一人でした!

引用:EASTERN FILM FANS
https://www.easternfilmfans.co.uk/the-return-of-the-ninja-warrior-an-exclusive-interview-with-actor-writer-producer-director-shane-kosugi/

ショーンさんも父や兄と同じくアクション俳優として活動していました。

それと同時に父の運営する世界的なエンターテイナーを育成することを目的とした塾ショー・コスギ塾では、日本校のスーパーバイザーをしています。

そこで約1,000人以上の生徒に礼儀や武道を教える指導者としての役割を果たしてきました。

ショー・コスギ塾は次世代のアクションスター育成を目的とし、アメリカのハリウッド、日本の名古屋、東京、大阪などに教室があるみたいです

ケイン・コスギといえば有名なアクション俳優

引用:Youtube
https://www.youtube.com/watch?v=SY-zBNB0Ouw

お兄さんのケイン・コスギさんについて軽く紹介しておきます。

ケイン・コスギさんは本名ケイン・タケシ・コスギ(日本名:小杉健)。

ショーンさんと同じくアメリカのロサンゼルスで1974年10月11日に生まれ現在50歳です。

1歳から父ショーさんに武道を教えられ、アクションスターになる事が憧れだったケインさん。

ショーさんが日本の大河ドラマに出演するのをきっかけに日本へ同行し、ショーさんに日本の文化を学ぶことを勧められたので、その後日本で活動することになります。

当時父の言葉はとても大きかったらしいです

ニンジャ戦隊カクレンジャーにジライヤ役で出演するなど最初は順調でしたが、日本語がほとんど話せない影響でだんだん仕事がなくなり、2、3年は仕事がない時期が続きました。

この全く仕事がない時期は、喫茶店のバイトをしていましたが日本語ができないので注文が取れず、皿洗いで生活をしていたそうです。

その後番組プロデューサーから紹介された筋肉番付(放送期間:1995年7月8日~2002年5月4日)に出演。

生来の負けず嫌いの気質もあり、がむしゃらに頑張りました。

その頑張りが認められてか、次第に様々なテレビ番組の出演が決まっていきます。

あの番組がなかったら、今の僕はないですから。

引用:美ST
https://be-story.jp/people/143118

「スポーツマンNo.1決定戦」や「SASUKE」などのスポーツバラエティ番組での活躍も知られていますね

引用:TikTok 2000年 スポーツマンNO.1決定戦
https://www.tiktok.com/@gangparadewagg/video/7424030062023888146

2005年からは本格的にハリウッドに進出し、2007年に映画DOA/デッド・オア・アライブに出演。

2014年にはハリウッド映画TEKKEN 2:KAZUYA’S REVENGEに出演するなど、国際的にも活躍しています。

2022年には劇場版 仮面ライダーリバイスに出演したことで、日本の三大特撮(仮面ライダー、スーパー戦隊、ウルトラマン)すべてに出演した初の俳優となり、大きな話題となりました。

また、ウルトラギャラクシーファイトでは、ウルトラマンパワードの声を演じるなど声優にも挑戦

「忍者戦隊カクレンジャー」も2024年に30周年を迎えイベントが開催され、ケインさんがが考案した「ニンジャ・エクササイズ」が配信されるなど、今もなお活躍の場を広げています。

引用:東映特撮ファンクラブ ニンジャ戦隊カクレンジャー30周年記念(2024,05,31)
https://tokusatsu-fc.jp/files/news/0622/

親しみやすいキャラクターと超人的な身体能力で、長年にわたり多くのファンから支持されています。

現在11年ぶりにリポビタンDの崖のCMが復活し、お茶の間の話題となっていますね!

引用:Youtube
AIA Hasen 30s

ショーン・コスギって誰?という声が急増中【経歴とプロフィール】

引用:U-NEXT
https://square.unext.jp/article/my_best_2024-Shane-Kosugi

今度はショーンさんの活躍について見ていきましょう。

1976年5月25日にロサンゼルスで生まれたショーンさんも、父ショーさんの影響で兄のケインさんと共に小学生の頃から映画に出演するなどしていましたが、なんと小学生低学年の時に白血病を発病しています。

生死に関わる入院をし、命は取り留めたものの医者からはスポーツを禁止されてしまいました。

この苦しい状況の時、父から今後の人生を左右する重要な言葉をかけられました。

自分の人生だから、自分で決めなさい。病気に縛られ、病院に通い続けるのか、それとも自分がやりたい人生を歩むのか。

引用:講演依頼.COM
https://www.kouenirai.com/profile/2853

この言葉をきっかけに、シェイン・コスギさんは「病院ではなく、自分のやりたいことを選んだ」と語っています。

ショーンさんにとっても父は偉大だったようです

ショーンさんは空手・柔道のほかアメフト・バスケットボールなどにも挑戦。

大学はペパーダイン大学経済学部に進み、1996年には、大学バスケットボール国際大会決勝戦に出場しています。

白血病を乗り越えた後の経歴をまとめると以下の通り。

ショーン・コスギさんの主な経歴
  • ニンジャII/修羅ノ章 Revenge of the Ninja (1982年) – Cho’s First Son 役(クレジット無し)
  • デス・オブ・ニンジャ/地獄の激戦 Nine Deaths of the Ninja (1984年) – シェイン 役
  • プレイ・フォー・デス Pray for Death (1985年) – トモヤ・サイトウ 役
  • ブラック・イーグル Black Eagle (1987年) – デニー・タニ 役
  • 大学バスケットボール国際大会決勝戦に出場(1996年)
  • SASUKEに出演(1998年から2002年)
    通算で7回出場、2ndステージ進出3回、3rdステージ進出2回
  • ショー・コスギ塾日本校のスーパーバイザー就任(1999年)
  • 筋肉番付出演(2000年〜2002年)
  • ラスト サムライ The Last Samurai (2003年) – Samurai Ensemble 役
  • 影 KAGE(2007年) – Retsu 役
  • 四十九 SeeK.1(2023年) – 監督・脚本 

SASUKEの2000年第6回大会でケイン・コスギさんと共に達成した「兄弟同時3rdステージ進出」は、今もSASUKE史上唯一の記録として語り継がれています。

また自身の活動のみならず、次世代の育成にも力を入れていました。

父が開いた国際的な俳優の育成を目指したショー・コスギ塾での後輩の指導を手始めに、現在では東京・麻布十番にある「Kys STUDIO TOKYO(キーズスタジオ東京)」でインストラクターとして活動しています。

引用:Action kys studio
https://www.kysstudio.com/action

父の言葉をきっかけに自分のやりたいことを選ぶという決断をした経験は、彼が生徒たちに自分で人生を決める勇気を教える原点となり、浅野寛介さんなど数々のアクションスターを生み出しました。

幼少期の白血病との闘いが指導に生きているようですね

また命の危機を経験して得られた、日々の出会いや関係性を大切するという一日一生(Live one day at a time)という彼の人生哲学は、講演会などでも語られています。

さらに、NEO Action Club~次世代アクション女優育成プロジェクト~の審査員も務めるなど、次世代のアクションスターの発掘にも積極的に関わっています。

ケイン・コスギの弟のショーン・コスギ監督の家族構成が凄い!

引用:NARUTOオフィシャルサイト インタビューを受けるショー・コスギ
https://naruto-official.com/news/01_1488

ショーン・コスギ一家の家族構成は、父、母、兄、本人、妹の5人家族です。

コスギ一家がどのように出来上がったのか、父のショー・コスギさんの半生を辿ってみました。

ショーさんは1948年6月17日に東京都港区で漁師の息子として生まれ、小学生の頃から空手と野球に熱中していました。

特に野球への情熱が強く、将来は早慶戦に出場することを夢見ていました。

ところが慶應義塾大学の試験に2年連続で失敗。

小学生から高校生時代までは空手と野球に熱中しまして、その流れで大学野球の名門校に進みたかったのですが、大学受験に大失敗してしまうんです。しかも二度も。

引用:NARUTOオフィシャルサイト
https://naruto-official.com/news/01_1488

将来に悩んだ小杉さんは、19歳となった1968年に単身でアメリカ・ロサンゼルスへ渡りました。

なんでアメリカに行ったの?

ショー・コスギさんは落第のショックで川で自殺しようとしますが、そんな様子を見るに見かねた2人の姉が、航空券の切符と旅費をプレゼントしてくれたそうです。

自殺を実行する直前姉から「もしかしたら、お前は外国で成功するのではないか」と言われ、姉に片道航空券を買ってもらい、また現金120ドル(当時1ドル360円なので「43200円」)を手渡され単身渡米。

引用:ウィキペディアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%82%AE

死ぬほどの覚悟でアメリカに向かったわけですね

アメリカでの最初の数年間は決して楽なものではありませんでしたが、並々ならぬ努力を重ねバイトを5つ掛け持ちしながら全米の空手のトーナメントを総なめにしました。

1日5つのアルバイトをしながら(その当時お金がないこともあり1日20時間アルバイトをしていた)、学業と空手(神道自然流)のトレーニングに励む

引用:ウィキペディアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%82%AE

その後も大学の友人にせがまれて空手を教える教室を開くなど活動の幅を広げ、相当な苦労を乗り越えハリウッドの出演を勝ち取りました。

卒業後に映画の通行人を8年間経験。スタントマンで参加した忍者映画でラストチャンスをかけて数十メートルの滝からダイビングし全身骨折。病院のベットで掴んだハリウッドの主役。

引用:講演依頼.COM
https://www.kouenirai.com/profile/2225

そんな活躍の中、ショーさんは1973年頃、中国人女性のショーク・ギム・チャン(Shook Gim Chan)さんと結婚します。

残念ながら詳しい出会いの経緯やショークさんについての明確な情報はありませんでしたが、二人の間には3人の子どもが生まれます。

  • 長男:ケイン・コスギ(Kane Takeshi Kosugi、小杉健)- 1974年10月11日生まれ
  • 次男:シェイン・コスギ(Shane Tomoya Kosugi、小杉倫矢)- 1976年5月25日生まれ
  • 長女:アイーシャ・コスギ – 1983年生まれ?

子どもたちは全員アメリカ・ロサンゼルス生まれで、アメリカ国籍を持っています。

しかしショー・コスギさんと妻のショークさんは、約36年間の結婚生活の後、2009年に離婚したそうです。

長男のケイン・コスギさんと独立を巡って確執が生まれるなど、その厳しい教育方針が家族関係に影響を与えた面もあったようです。

コスギ一家の“武道系DNA”と芸能活動

引用:インスタグラム Kane Kosugi
https://www.instagram.com/kane_kosugi/p/B-GioaQA0d2/?next=%2Fsecretmoonxo%2Ftagged%2F&locale=de&hl=am-et

子供たちをスーパースターにしたいと明確に考えていたショーさんなので、子供たちにも幼少期から武道を習わせ、自身も含め多くの大会で優秀な成績を収めてきました。

コスギ一家の空手大会受賞歴
  • ショー・コスギさん:663個のトロフィー
  • ケイン・コスギさん:176個のトロフィー
  • シェイン・コスギさん:詳細な数は不明だが、『SASUKE』などで実力を発揮

ショーさんの教育方針は、「夢」「礼儀」「努力」「武道」を重視した非常に特徴的なもので、幼い頃から英才教育を施し厳しく鍛えました。

それは鉄拳教育ともいわれる厳格な教育方法で、小さい頃から高い目標と強い精神力を身に着けることを目標としていたようです。

鉄拳教育!?

教育スタイルについては著書「本物の躾」も出版しています

「英語・演技・武道」を三本柱とした独自の教育方針で、精神的・肉体的な強さを養うことを重視していました。

ケイン・コスギさんは1歳から空手を習い始めたとのこと。

その結果として3歳で初優勝するという驚異的な実績を持っています。

ケイン・コスギさんの空手大会での受賞歴
  • 空手大会での優勝回数:38回
  • 獲得したトロフィーの総数:176個

ケイン・コスギさんは父親の教育法について「厳しかった」と述べつつも、その厳しさが自分を強くしたと後に語っています。

僕自身が1歳から厳しい稽古を父から受けていました。武道をはじめとしたあらゆる稽古でしたが、本当に嫌で仕方なくて。もちろんあの時の稽古があってこその今の僕なので、感謝してもしきれません。

引用:美ST 2024,12,25
https://be-story.jp/people/143126/

周りの子たちとは明らかに違うので嫌だったというケインさんですが、この武道の経験が、後のエンターテイメント活動やアクション俳優としての活躍の基盤となったようです。

ケインさんとショーンさんは幼少期から父親の映画に出演するなど、エンターテイメントの世界で活躍し武道の才能を披露していきました。

引用:goo blog 映画Revenge of the Ninja(1982) 右:ケイン・コスギhttps://blog.goo.ne.jp/bluedeco1969/e/1e192b3c29d7d316be2f231a42c06c01

父・ショー・コスギについて(忍者映画で有名)

引用:The Blind Ninja
https://theblindninja.tumblr.com/post/674073534640898048/sho-kosugi-in-pray-for-death-1985

ショー・コスギさんの映画俳優としての活躍を調べてみました。

アメリカでは1日20時間アルバイトをしながら学業と空手(神道自然流)のトレーニングに励み、全米各地、メキシコ、カナダの空手大会に参加して各地で優勝(獲得したトロフィーは合計で663個)し、名前が知れ渡りました。

空手家として名を馳せた後、ブルース・リーに憧れて俳優を志すようになり、多数のオーディションに参加しましたが、当初は言葉の壁で下積み生活を余儀なくされました。

時には「水だけの生活」を強いられた事もあった。

引用:ウィキペディアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%82%AE

1974年に映画デビューを果たしていますが、この時期はまだ主要な役ではなく、エキストラや小さな役での出演が中心でした。

彼が俳優の初期に出演した作品The Godfather Part II(1974年)では帽子を深く被った通行人役として出演していたようです。

また、Bruce Lee Fights Back from the Grave(1976年)では「スズキ」役、The Bad News Bears Go to Japan(1978年)では空手家の役で出演していました。

『燃えよNINJA』でブレイク

引用:Amazon
https://www.amazon.co.jp/%E7%87%83%E3%81%88%E3%82%88NINJA-HD%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E7%89%88-DVD-%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%83%8D%E3%83%AD/dp/B01DDDKHSA

ショー・コスギさんの本格的なブレイクのきっかけとなったのは、1981年の映画燃えよNINJA(原題:Enter the Ninja)でした。

最初はスタントマンとして採用されたましたが、初日に主役俳優がクビになり、急遽準主役に昇格し、見事にその役を演じます。

『燃えよNINJA』で、滝壺に飛び落ちる危険なシーンを見事にこなしたことが評価され、以降の作品では武術指導を兼ねて主役に抜擢される。

引用:ウィキペディアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%82%AE

『燃えよNINJA』は映画自体がアメリカでヒットし、ショー・コスギさんは一躍注目されるようになりました。

この成功により、続編のニンジャII/修羅ノ章(原題:Revenge of the Ninja、1983年)では主演に抜擢され、チョウ・オオサキ役を演じています。

ショーさんはニンジャの役でしたが、ここでニンジャのイメージを暗いものから明るいものへと変えて演じました。

「僕の描いたニンジャ像は、スーパーマンやバットマンのようなスーパーヒーローであり、暗殺や破壊活動を行う「影の忍び」ではありません」と彼自身が語るように、従来の暗殺者イメージから脱却し、子どもたちが憧れるヒーロー像にしたみたいです

そのおかげもあってハリウッドでは空前のニンジャブームが訪れ、ニンジャは正義のヒーローとして長くアメリカで愛されるキャラクターとなります。

引用:NARUTOオフィシャルサイト 当時のアメリカで出版された忍者雑誌
https://naruto-official.com/news/01_1488

『ニンジャII/修羅ノ章』が公開された1982年前後には、まさにブームといえるNINJAカルチャーの盛り上がりがありました。近所のスーパーマーケットで、ニンジャのコスチュームを着た子どもを見かけるのなんて、もはや珍しくないほどでした。

引用:NARUTOオフィシャルサイト ショー・コスギさんへのインタビュー
https://naruto-official.com/news/01_1488

この映画は全米初登場3位のヒットを記録(制作費70万ドルに対し、興行収入は1300万ドル以上)し、ショー・コスギさんのキャリアを決定的なものにしました。

僕の元には世界中から何百通ものファンレターが毎日のように届くんです。「お兄ちゃんと喧嘩したから屋根裏から来て、僕の代わりにやっつけてください」なんて書いてあったことを覚えていますよ(笑)。

引用:NARUTOオフィシャルブログ ショー・コスギさんへのインタビュー
https://naruto-official.com/news/01_1488

以下に出演歴を簡単にまとめてみました。

主な出演歴
  • 燃えよNINJA / Enter the Ninja (1981年)
    役名: ハセガワ(敵役の忍者)
     本格デビュー作
  • ニンジャII/修羅ノ章 / Revenge of the Ninja (1983年)
    役名 チョウ・オオサキ(主演)
     武術指導(擬斗)を担当
    主役昇格の代表作
    ケイン・コスギも息子役で出演
  • ニンジャ / Ninja III: The Domination (1984年)
    役名 ゴロウ・ヤマダ(主演)
    武術指導(擬斗)を担当
    ニンジャ3部作の完結編
  • デス・オブ・ニンジャ/地獄の激戦 / 9 Deaths of the Ninja (1986年)
    役名: スパイク忍(主演)
    武術指導(擬斗)を担当
  • ザ・ニンジャ/復讐の誓い / Pray for Death (1985年)
    役名: アキラ・サイトー(主演)
    武術指導(擬斗)を担当
    ケイン・コスギも出演
  • ショー・コスギ’88/復讐遊戯 / Rage of Honor (1987年)
    役名: シロウ・タナカ(主演)
    武術指導(擬斗)を担当
    特殊武器考案
  • ブラック・イーグル / Black Eagle (1988年)
    役名: ケン・タニ(主演)
    武術指導(擬斗)を担当
    後にスター俳優となるジャン=クロード・ヴァン・ダムが敵役として共演
  • 兜 KABUTO / Journey of Honor (1991年)
    役名 前田大五郎(主演)
    原案・製作を担当
    三船敏郎や、長男のケイン・コスギも出演
    支倉常長の行程に基づいたストーリーで、製作費約1000万ドル
  • ザ・格闘王 (1994年)/ザ・格闘王2 (1994年)
    監督デビュー作
    東映Vシネマ作品
  •  ニンジャ・アサシン / Ninja Assassin (2009年)
    役名: 役小角(オズヌ)
    『マトリックス』シリーズで知られるワシャウスキー兄弟が製作に参加

ずっと武術指導を兼ねてますね

この他、息子のケインさんが出演している忍者戦隊カクレンジャー (1994年、テレビシリーズ)の第28、29話にゲスト出演し、親子の共演で人気の回となりました。

兄ケインとの比較・共通点と違い!ケインとの年齢差や兄弟関係

引用:インスタグラム 2025年5月13日頃のケイン・コスギの投稿
https://www.instagram.com/p/DJkjayJTvBF/

兄と同じく父の教育の影響を大きく受けながらも、ショーンさんは活躍の場において大きな違いがあります。

仲はとってもよさそうですね!

ケインさんとは二歳しか年が離れていないせいもあり、幼少期にはともに父ショーさんの鉄拳教育を受けました。

ケインさんもシェインさんも空手を基礎に、テコンドー、中国武術、忍術など複数の武道を修得しています。

両者とも高いレベルの身体能力を持ち、アクションシーンを自ら演じることができる実力を持っています

映画でも共通したキャリアを持っていて、両者とも子役として父ショー・コスギさんの映画に出演し、その後ケインさんはDOA: Dead or AliveやWar、シェインさんはラストサムライで、ハリウッド映画での出演経験を持っています。

また両者とも日本のTBS番組SASUKEに複数回出場しています。

 2000年秋のSASUKE第6回大会では兄弟揃って3rdステージに進出し、兄弟同時3rdステージ進出というSASUKE史上唯一の記録を打ち立てました。

他の共通点としてケインさんは高校時代に、シェインさんは大学時代にバスケットボール選手として活躍。

バスケットボール以外にも、様々なスポーツに取り組んできたようです

語学も堪能で、 ケインさんは英語と日本語を、シェインさんは英語、日本語、スペイン語を操るマルチリンガルです。

お父様の教育方針の賜物ですね!

一方で、ケインさんが筋肉番付などのバラエティ番組で一躍有名になったのに対し、ショーンさんは日本のテレビで同レベルのメディアでの活躍はなく、比較的地味な活動を続けてきました。

シェインさんは教育活動や、アクション・スタント指導者としての専門的な活動が中心で、22歳という若いうちからSKI日本校のスーパーバイザーに就任し、約1,000人以上の生徒に礼儀や武道を教える指導者としての役割を果たしてきました。

YouTube「忍者英会話 – Ninja English」シリーズなど、教育コンテンツの制作にも力を入れており、知識や技術を伝えることへの情熱が強く見られます。

引用:インスタグラム
https://www.instagram.com/p/B7kt_faDoEN/

きっと優しい性格なんでしょうね!

しかし、ショーン・コスギさんの最も特筆すべき特徴は、映画監督としての活動です。

長編映画監督デビュー作四十九 SeeK.1は、現在世界18の映画祭で50以上の賞を受賞し、さらに記録を伸ばし続けています。

世界が今ショーンさんに注目し始めたのです。

今まで日の目を見なかったショーンさんが、ついに表舞台にたったんです!

家族がショーンの映画制作に影響を与えた?

引用:山形国際ムービーフィスティバル 四十九 -Seek-
https://movieon.jp/ymf/2024/movie/mo_02.html

ショー・コスギさんが1980年代に確立した正義のヒーローという忍者像を、次世代であるショーン・コスギさんが四十九 -Seek-で現代に解釈し直すという形で、世代を超えた文化の伝承を実現しています。

滅びたとされている”忍者”をテーマにしたという、日本古来の忍者像に独自の解釈を加えたようです

ダークなイメージと思ってればだいたいあってるかな?

この映画には兄ケイン・コスギも高月総二郎役として出演しており、まさに家族で作り上げたプロジェクトとなっています。

ケイン・コスギはインスタグラムで、弟の監督デビュー作に出演できたことを

私が取り組む機会を得た中で最も幸せで記憶に残るプロジェクトの1つ

引用:日刊スポーツhttps://www.nikkansports.com/entertainment/news/202505130000182.html

と表現し、弟の成功を喜んでいます。

ケイン・コスギの弟の映画が快進撃!魅力はなぜ?

安そうなタイトル
引用:映画四十九 -Seek-オフィシャルサイト
https://seek49.com/

四十九 -Seek-は、滅びたとされる忍者が現代に存在するという設定のアクション映画です。

忍者たちは四十九(シーク)という秘密組織として活動しており、恋人を飛行機事故で失った主人公・忍者の相沢京平がヤクザ組織・高月組との対決に挑むストーリーを描いています。

ショーン・コスギさんが監督を務め、中国武術の世界チャンピオン浅野寛介が主演、ケイン・コスギもヤクザの高月総二郎役で出演する本格アクション作品です。

ケインさんは悪役ってことかな?

ちなみに浅野寛介さんはショー・コスギ塾名古屋校の一期生でショーンさんの教え子ですね!

主要キャスト
  1. 浅野寛介(あさの かんすけ)- 相沢京平 役
    • 1986年生まれ、愛知県出身
    • 中国武術で全日本大会・世界大会優勝の経歴
    • 本作で長編映画初主演、プロデューサーも兼任
    • 出演作:『忍びの国』『バラシファイト』など 
  2. ケイン・コスギ – 高月総二郎 役
    • 監督シェインの実兄
    • ハリウッドスター・ショー・コスギの長男
    • 『DOA: Dead or Alive』『Ninja: Shadow of a Tear』など国際的に活躍 
  3. 三浦誠己(みうら まさき)- 町田直也 役
    • 1975年生まれ、和歌山県出身
    • 代表作:『海炭市叙景』『火花』『ケイコ 目を澄ませて』など 
  4. 菜葉菜(なはな)- 三雲涼 役
    • 『赤い雪』で第14回L.A.Japan Film Festival最優秀俳優賞を獲得
    • 出演作:『ノイズ』『ワタシの中の彼女』など 
  5. 弓削智久(ゆげ ともひさ)- 河野大助 役
    • 1980年生まれ、東京都出身
    • 出演作:『ダブルチート』『サクゴエ』など 
  6. 小川未祐(おがわ みゆ)- 西野さゆり 役
    • 2001年生まれ、東京都出身
    • 出演作:『海辺の金魚』(主演)、『よこがお』など
    • シンガーソングライターとしても活動中 
  7. 吉田美佳子(よしだ みかこ)- 遠野雪 役
    • 特技:合気柔術初段、乗馬4級
    • 出演作:『罪の余白』『桜色の風が咲く』など 
  8. 結城貴史(ゆうき たかし)- 金子徹 役
    • 1976年生まれ、宮城県出身
    • 出演作:『ヘヴンズストーリー』『64-ロクヨン-』など 
  9. 上村侑(うえむら ゆう)- 高月総亮 役
    • 2002年生まれ、鹿児島県出身
    • 出演作:『許された子どもたち』(主演)など 
  10. 石井靖見(いしい やすあき)- 岩井曜 役
    • 1985年生まれ、千葉県出身
    • JAE所属スタントマン・俳優
    • 出演作:『東京リベンジャーズ2』『キングダム2』など 

ハリウッド級の迫力あるアクションと主人公をめぐるドラマが融合し、ドバイ、スペイン、フランス、インド、アメリカ、ベネズエラ、香港など様々な国の映画祭で50以上の賞を受賞しています。

ショーン・コスギ監督の話題の映画とは?ジャンルなど

引用:インスタグラム
https://www.instagram.com/p/DHZhZT6Jrli/

公式サイトによれば、「滅びたとされている”忍者”をテーマにしたノンストップ・スパイ・カミカゼアクション映画」として紹介されています。

四十九 -Seek-がニューヨーク国際映画祭など世界各国の映画祭で50以上もの賞を受賞しているという事実は、そのアクションの質の高さを客観的に証明しています。

特に最優秀アクション作品賞最優秀スタントパフォーマー賞最優秀ファイトコレオグラファー賞などアクションに関する賞を多数受賞している点は注目に値します。

さすがはコスギ一家ですね!

ここで主人公・相沢京平役と同時にプロデューサー役をつとめる浅野寛介さんについて紹介。

浅野さんは1986年生まれ、愛知県出身の俳優兼アクション俳優です。

2006年に俳優デビューを果たし、忍びの国(2017)、バラシファイト(2023)、DEATH MARCH(2025年公開予定・アメリカ映画)などに出演。

四十九 -Seek-が長編映画での初主演作品となります。

彼の最大の強みは、演技だけでなく本物の格闘技の実力を持っていることです。

中国武術で10代のころ、全日本大会、世界大会で優勝した異色のキャリアを持ち、高い身体能力を誇る彼が、数々の壮絶アクションに挑んでいる。

引用:Yahoo!ニュースhttps://news.yahoo.co.jp/expert/articles/4addca3498b8ee77b24f2ab2d6758dccfed1f19d

本格的な武術のバックグラウンドが、アクションシーンのクオリティを高めているのでしょうね

またショー・コスギ塾の一期生としてショーンさんとは特に親しい間柄で、30年近い友情で繋がっています。

二人は1999年にショー・コスギが名古屋に開校した「ショー・コスギ塾」で出会い、偶然にも同じ地域に住んでいたことから深い親交を築いてきました。

自然と親しくなって、いつからか毎日のように一緒にいるようになり、ご飯も一緒に食べ、アクションの練習も一緒にする。

 仲良く遊ぶこともあれば、ケンカすることもある。そんな間柄になっていました。

 僕にとっては少し年上の兄貴といった存在でした。

引用:Yahoo!ニュースhttps://news.yahoo.co.jp/expert/articles/4addca3498b8ee77b24f2ab2d6758dccfed1f19d

長年の信頼関係があったからこそ、四十九 -Seek-の快進撃があるのかもしれませんね!

インディーズ映画なのに注目?どこが高く評価されたのか(演出・脚本・アクション)

引用:EASTERN FILM FANS 低予算のなか試行錯誤しての映画製作
https://www.easternfilmfans.co.uk/the-return-of-the-ninja-warrior-an-exclusive-interview-with-actor-writer-producer-director-shane-kosugi/

インディーズ映画最大の強みは、商業的制約からの解放による自由度の高さです。

大手映画会社では、投資回収のため「マーケティング調査に基づいた安全策」や「一般受けする内容への修正」が求められますが、インディーズ作品ではそのような制約がありません。

四十九 -Seek-では、ショーンさんが「忍者」という日本の伝統的題材を現代に再解釈するという独自のビジョンを、妥協なく追求することができました。

このようなニッチなコンセプトは、インディーズ映画だからこそ追求できた可能性があります

資金調達についてはどのようにしたのかはっきりとした記述を見つけることはできませんでした。

制作会社も明確な記述はありませんが、プロデューサー兼主演の浅野寛介が代表を務めるキーズスタジオ東京である可能性が強いです。

予算もスタッフも機材も少ないのがインディーズの特徴ですね

特殊効果、サウンドデザイン、色彩補正など各専門分野のスタッフを十分に確保できなかった可能性もあります。

アクションをCG効果に頼ることができないときもあったかも

そんな状況でアクション部門でいくつもの賞を獲得しているので、出演者のアクションにおける質の高さをうかがい知ることができます。

とはいえ大手映画会社が多くのスクリーンを押さえる中、インディーズ映画がスクリーンを確保することは非常に困難です。

四十九 -Seek-が未だに日本で公開されないのも、十分な予算を確保するのが難しいインディーズ映画だからかもしれません。

海外映画祭や日本のレビュー

引用:MOVIE ON やまがた 山形国際ムービーフェスティバルでの舞台挨拶 ショーン・コスギ
https://movieon.jp/ymf/2024/report/1108.html

2023年10月に完成して以降、海外の映画祭で異例の快進撃を続けており、現時点で50以上の賞を受賞しています。主な受賞実績は以下の通りです。

  • ニューヨーク国際映画祭:12冠を達成
    • 最優秀長編作品賞
    • 最優秀インディ作品賞
    • 最優秀アクション作品賞
    • 最優秀初監督賞
    • 最優秀スタントパフォーマー賞
    • 最優秀ファイトコレオグラフィー賞
    • 最優秀サウンドデザイン賞
    • その他5部門で受賞 
  • 各国の国際映画祭
    • ドバイ、スペイン、フランス、インド、アメリカ、ベネズエラ、香港など世界各国の映画祭で受賞

これらの結果が出品した映画祭の半分程度で、残りの結果待ちの映画祭もまだ多数ある状況なんだそうです

山形国際ムービーフェスティバルでの評価

日本では本作はまだ正式な劇場公開が決まっていないため、レビューや反応は限られていますが、山形国際ムービーフェスティバル2024での上映に関する反応などが確認できました。

山形国際ムービーフェスティバル2024(2024年11月8日〜10日開催)で「四十九 -Seek-」が上映され、以下のような反応がありました。

実際に見た人によると…
  • アクションはなかなか見応えありました…菜葉菜さんも、カッコよかったですよ~」
  • 忍者って言うよりアクション強めだった。忍者感はマスクと剣と音楽とラストの2人で戦うとこくらいだった。
引用:Filmarks
https://filmarks.com/users/oha43gi3

まとめ/注目すべき“ショーン・コスギ”のこれから

引用:X 武術家俳優仲間・スコットアドキンスと
https://x.com/pompoko32kamen/status/1909402616247001311

いかがでしたでしょうか。

この記事を読んでわかることをまとめました。

・ショーン・コスギさんは幼少期から映画に出演してきたが、教育や指導が主な活躍の場だった。
・父、母、兄、妹の四人家族で、父の鉄拳教育で兄ケインと共に厳しく鍛えられた。
・ショーンさん初の長編監督映画四十九 Seek.1はインディーズながら質の高いアクションが特徴。

ショーン・コスギさんはアクション俳優から映画監督へと活動の幅を広げ、新たな映画制作に意欲を示しています。

黒澤明監督の『七人の侍』を忍者アクション映画としてリメイクしたいですね。最高にクールですよね!黒澤監督の作品はどれも大好きで、心から尊敬しているので、リメイク作品は絶対にやりたいことリストに入っています。

引用:EASTERN FILM FANS
https://www.easternfilmfans.co.uk/the-return-of-the-ninja-warrior-an-exclusive-interview-with-actor-writer-producer-director-shane-kosugi/

また四十九 -Seek-も海外で人気を博したおかげで早くも続編の制作が決定しているとのこと。

ショーンさんのこれからの活躍に目が離せない状況となっています!

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

コメント

コメントする

コメントは日本語で入力してください。(スパム対策)

CAPTCHA

目次